EPC出願の注意点
EPC(欧州特許条約)の特徴
1.1つのEPC出願で、複数の欧州諸国の特許が同時取得できます
EPC(欧州特許条約)に則った一つの特許出願(EPC出願)をEPO(欧州特許庁)に提出し、EPOによる審査を経て、欧州特許が付与されます。
欧州特許の特許付与通知(EPC規則71(3)の通知)の発行から一定期間内に、指定国(下記の締約国全部と、指定した拡張国)中の所望の国へ所定の権利確定手続きを行えば、欧州特許は該指定国で有効になります。一つの特許出願で複数の国の特許を同時に取得したと同様の効果が得られます。
【締約国:38カ国】(2022年3月現在)
アルバニア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、スイス、キプロス、チェコ、ドイツ、デンマーク、エストニア、スペイン、フィンランド、フランス、イギリス、ギリシャ、クロアチア、ハンガリー、アイルランド、アイスランド、イタリア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、ラトビア、モナコ、マケドニア、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、セルビア、スウェーデン、スロベニア、スロバキア、サンマリノ、トルコ
【拡張国:2カ国】(2022年10月日現在)
ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ
【認証国:非欧州4カ国】(2022年5月現在)
モロッコ、モルドバ、チュニジア、カンボジア、ジョージア(未施行)
なお、英国は2020年にEUを離脱していますが、欧州特許庁(EPO)はEUの機関ではないため、英国のEU離脱は現在の欧州特許制度には影響を与えず、英国をカバーする既存の欧州特許も影響を受けません。
2.パリルート経由でも、PCTルート経由でも、EPC出願ができます
パリルート経由を選択する場合には、優先日(例えば日本の特許出願日)から1年以内に、その第1国出願の優先権を主張して、EPC出願をすればよいのです。
また、PCTルート経由(参照:特許協力条約)を選択する場合には、優先日(又は国際出願日)から31か月以内にEPCへ国内移行すればよいのです。
すなわち、欧州各国へ出願する場合、下記の4通りの出願方法が選択可能です。
(1)パリルートからEPCへの直接出願
(2)パリルートから各国直接出願
(3)PCTルートからEPC出願へ移行(Euro-PCT)
(4)PCTルートから各国出願へ移行
どのようなルートを取ることがベターであるかは、ケースバイケースですから、弊所へご相談ください。
制度概要
出願の言語
EPOの公用語:英語、ドイツ語又はフランス語で出願します。パリルートからの直接出願の場合、他の言語、例えば日本語で出願し2ヵ月以内に公用語の翻訳文を提出する方法も認められています。一方、Euro-PCT(PCT経由の出願)の場合は、優先日から31ヶ月以内に公用語への翻訳文を提出する必要があります。
国の指定
出願時に全締約国を指定したと自動的にみなされます。ただし、拡大適用国は、個別に指定する必要があります。
出願公開
優先日より1年6ヵ月後に出願内容が公開されます。
欧州調査報告書(EESR)
出願をすると、EPOが先行技術調査を行い、出願から1年6ヶ月~2年くらいの間に、調査結果の欧州調査報告書が出願人に通知されます。Euro-PCTの場合はEESR公開後に発行される応答期限を示す庁通知から6ヶ月以内に、パリルートの場合はEESRの公開から6ヶ月以内に欧州調査報告書に付随する審査官の見解書への応答が必要となります。この期限は延長できません。
出願審査請求制度
Euro-PCTの場合は優先日から31ヶ月以内に、(EPC規則第159条(1)(a))パリルートの場合、欧州調査報告の公開日から6ヶ月以内(EPC第94条(1)、EPC規則第70条(1))、に審査請求をする必要があります。さもないと、出願が取り下げられたとみなされます。Euro-PCTの場合は出願と同時に審査請求をすることが一般的です。
拒絶理由通知
欧州調査報告書への応答後、さらに拒絶理由通知(EPC94条(3)に基づく通知)が発行される場合があります。応答期限は庁通知発行日から4か月です。
出願更新料
特許付与前でも、出願を維持するために、Renewal Fee(特許出願維持年金)を支払う必要があります。Renewal Feeは、出願日から起算して3年目及びその後の各年毎にEPOに納付します。特許付与公告後は1つの欧州特許出願としてではなく、指定各国の特許庁宛に特許維持年金を納付する必要があります。登録後は各国ごとに特許維持、放棄を選択することが可能です。
セルフコリジョンに注意
類似した発明について複数の出願を前後して提出した場合、自己の後願が自己の先願によって拒絶される自己抵触(セルフコリジョン)があることに、注意しなければなりません。自己の出願である後願よりも優先日が早く、且つ、後願の出願後に公開等された先願に後願の発明が開示されていれば、後願の発明の新規性が否定されることをいい、先願には他人による出願だけではなく、自己による出願(自発分割出願を含む)も含まれます。
特許付与手続き
EPOが特許付与を認めると、特許付与通知(EPC規則71(3)の通知)が発行されます。該特許付与通知の発行日から4か月以内に、下記の手続きが求められます。
・EPO審査部が提案する、特許付与予定の明細書を認めるか否かの明示(多くの場合、EPO審査部が補正を加えています)
・所定の特許付与料金の納付
・出願言語以外の2つのEPO公用語への請求の範囲の翻訳文の提出(英語で出願した場合、フランス語とドイツ語)
・EPC加盟国の内、有効化する指定国の選択(指定国によっては現地公用語へのクレーム及び/又は明細書全文の翻訳文や、委任状の提出が必要です)
これらの手続きを完了し、特許が公告されると、公告日から各指定国の国内特許と同等効力の欧州特許が付与されます。第三者の異議申し立ては特許付与公告日から9ヶ月間となっています。
欧州特許権の存続期間
パリルートの場合はEPC出願日から、Euro-PCTの場合は国際出願日より20年間です。
法改正
統一特許裁判所協定(UPCA)
欧州特許条約の導入以来の最大の変化をもたらすことが予想される新しい法制度である、「統一特許裁判所に関する協定(Unified Patent Court Agreement)」が2023年6月1日に発行される予定です。これにより、特許出願が認可され、特許付与通知(EPC規則71(3)の通知)受領後、単一効特許制度(Unitary Patent; UP)、統一特許裁判所制度(Unitary Patent Court; UPC)の「移行期間」(該協定の発行後6-12年とみられている)は、従来の各指定国への有効化手続きを進めるか、または、上記新制度に基づく単一効特許の有効化手続きを進めるかを選択することが可能となります。
以下に概略を説明します。
- 単一効特許の選択
- UPC協定(Unified Patent Court Agreement:UPCA)批准国17か国:
- 単一効特許のメリット・デメリット
- 欧州統一特許裁判所の権限からのオプトアウト
出願から登録(特許付与公告)までの手続きは、従来と同じで、欧州特許庁が一括して調査・審査、特許出願維持年金の管理等を行います。
EPC規則71(3)に基づく通知(特許付与通知)発行後、下記UPCA (欧州統一特許裁判所協定)批准17カ国については、従来と同様に各指定国内で特許権を有効にする為の手続き(各指定国が要求する要件:現地語へのクレーム翻訳あるいは明細書全文翻訳の提出や委任状の提出等)を経て欧州特許を有効化するか、単一効特許の申請をするかの選択が、統一特許裁判所制度(Unitary Patent Court; UPC)の「移行期間」に限り可能です。
オーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スウェーデン
注)批准国が拡大する可能性はあります。イギリスを含むEU(欧州連合)非加盟国等は、単一効特許の対象外です。
なお、上記17カ国について単一効特許を選択した上で、その他の国については、従来と同様に各指定国内で特許権を有効にする為の手続き(上述)を経て並行して欧州特許を有効化することが可能です。
【メリット】
・侵害訴訟等を起こす場合、従来は権利確定国毎に手続きが必要でしたが、単一効特許であれば、統一特許裁判所が、国をまたいだ侵害行為についても統一された法令に基づいて判決を下すため、全ての単一効特許の批准国において同一の効力を持つことになります。
・各指定国内で特許権を有効にする為の個別手続き(上述)が不要です。
・特許維持年金の更新料が安くなる場合があります。ドイツ、フランス、イタリア、オランダの維持年金の合計額に相当し、各国毎の現地代理人費用も発生しません。
・EPO(欧州特許庁)による一元的な管理(名義変更手続き等)がされます。
【デメリット】
・「移行期間」においては、欧州特許の全文翻訳の提出が必要です。(英語以外のEU公式言語)
・権利維持を要する国数が減っても特許維持年金費用は減りません。
・統一特許裁判所が下した判決は、単一効特許全体に効力を及ぼすために、一括的に権利が無効化する可能性が生じます。
・単一効特許については、統一特許裁判所の管轄から除外すること、Opt-Out;オプトアウト(後述)はできません。
従来、欧州特許出願は特許付与の公告日から9カ月間に限り欧州特許庁に異議申立手続きを通じて1つの判決によって特許が失われる(有効国全てを含む欧州特許そのものを無効とする)可能性がありましたが、協定発行後は、有効国毎に個別に訴訟するのではなく、いつでも統一特許裁判所により1つの訴訟で該特許の無効化が可能となります。そこで、この一括無効化を回避するために、上述の「移行期間」に限り、統一特許裁判所の管轄権を除外し各国国内裁判所に管轄権を移行する手段として「オプトアウト」”Opt-out”(除外)があります。