【知財情報】知財高裁平成31年(行ケ)第10025号のご紹介
第1 事案
サポート要件違反を理由に無効とした審決が取り消された事例。
第2 概要
1.本件発明の請求項1
水に水素を溶解させて水素水を生成する気体溶解装置であって、
水槽と、
固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と、
前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして前記水槽からの水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と、
前記加圧型気体溶解手段から水素水を導いて貯留する溶存槽と、
前記溶存槽に貯留された水素水を前記水槽中に導く、1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し、0.8m以下の長さのものを除く)からなる降圧移送手段としての管状路と、を含み、
前記水槽中の水を前記加圧型気体溶解手段、前記溶存槽、前記管状路、前記水槽へと送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともに、前記加圧型気体溶解手段から前記溶存槽へと送水される水の一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置。
上記下線部分が訂正した箇所であり、この箇所についてサポート要件違反か否かが争われた。
2.審決の概要
本件明細書の記載から,本件特許発明1の課題は「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ、かかる過飽和の状態を安定に維持」することであり、当該課題を「降圧移送手段を設け、かつ液体にかかる圧力を調整す」ることにより、解決できることが理解できる。
本件明細書には、長さ1.4mの細管であれば過飽和の状態の水素水を得ることができる実施例10が記載されているが、長さが0.8mより長い細管であれば過飽和の状態の水素水を安定に維持することができるとの明示的な記載はない。
例えば、長さが0.81mの場合に、当業者が水素水を過飽和の状態とし、かつ、これを安定に維持することができる条件はどのようなものであるのか、技術常識を加味しても特定することは困難であり、示唆もないから、長さが0.81mの場合に、水素水を過飽和の状態とし、かつ、これを安定に維持することができると認めることができない。
そうすると、過飽和の状態が安定に維持できると認めることができない数値範囲が含まれている本件特許発明1は,発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである。
3.裁判所の判断
裁判所は、本件特許発明1の課題について以下のように判示している。
本件明細書の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1の課題は,「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」する「気体溶解装置」を提供することにあり,その課題を解決する手段として,「降圧移送手段を設け,さらに液体にかかる圧力を調整する」構成を採用したことが開示されているものと認められる。 |
そして、裁判所は、サポート要件の適合性について、以下のように判示している。
ア 本件明細書の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」気体溶解装置は,「加圧型気体溶解手段」により水素を「過飽和の状態」で液体に溶解させて水素水を生成し,この水素水が「降圧移送手段」である管状路内で層流状態を維持して流れることで降圧され,「過飽和の状態」を維持して水素水吐出口に移送する構成を採用し,これにより「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」するという「本発明」の課題を解決できることの開示があるものと認められる。 ここに「過飽和」とは,「気体の液体への溶解度は温度により異なるが,ある温度A(℃)における気体の液体への溶解量が,その温度A(℃)における溶解度より多く存在している状態を示す。」こと,「層流」とは,一般に,速度の方向がそろった規則的な流れであって,流速が十分遅いときに実現するものであることをいう。また,細管の内径X及び長さL,加圧型気体溶解手段の圧力Yという変数に関し,L及びYの2つの変数の値が同じであれば,細管の内径Xの値が大きいほど,細管内を流れる液体の流速が遅くなり得ること,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値が大きければ,気体を液体に多く溶解させることができるが,細管内を流れる液体の流速は速くなり得ること,細管の長さLの値が大きければ,細管内壁の抵抗により細管内を流れる液体の流速が遅くなり得ることは,技術常識であるものと認められる。 イ 本件明細書記載の実施例及び比較例に基づいて検討すると,実施例の比較の結果及び前記アの技術常識から,細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に,水素濃度の値を高めるには,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいことを理解できる。 ウ 前記ア及びイを総合すると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から,本件特許発明1の気体溶解装置は,必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴があるものではないと理解して,前記イを勘案し,細管からなる管状路内の水素水に層流を形成させるようX,Y及びLの値を選択することにより,「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」するという本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。 |
裁判所は、上記のように判示し、サポート要件を認める判決を行った。
第3 考察
実務的には、審決のように判断されるケースが多いのではないかと思われる。
この判例は、それに対する反論の論理構成として参考になると思われる。
(文責:正木)