【知財情報】知財高裁令和3年(行ケ)第10136(138)号のご紹介

第1 事案
本願発明の課題が知られていなかった以上、引用発明において特定の半田片を用いる動機づけがないとして、進歩性が認められた事案

第2 概要
1.本件発明1
端子と当該端子に電気的に接続される接続対象とを半田付けする半田付け装置であり、加熱手段等を備えるものであるが、「前記加熱手段は、前記端子の先端に当接した前記半田片に前記ノズルを介して熱伝達させる位置に設けられ、溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し、溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し、この停止した状態で前記ノズルから前記溶融した半田片に伝わる熱を当該溶融した半田片から前記端子に伝えて前記端子を加熱し、この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である」ことを特徴とするものである。

2.特許庁の判断
(i)甲1発明は、ピンは半田鏝の貫通孔内壁と接触していないものであるから、半田鏝からピンへ直接熱が伝達せず、ピンは徐々に加熱される。
(ⅱ)そして、甲1発明は、半田片の一端はピンの先端に当接し他端は半田鏝の貫通孔内壁に当接して留まるものと認められ、半田鏝は、半田片を溶融させるためのシーズヒータが外周面に巻かれたものであるから、半田片はピンの先端に当接した位置で半田鏝の貫通孔内壁に当接した他端を介した熱伝導により溶融される。
(ⅲ)また、甲1の段落【0005】及び【0037】の記載によれば、甲1発明の半田片はフラックス(ロジン)を含有するものである。ここで、半田片にフラックス(ロジン)が含まれていれば、溶融した半田片の体積は揮発成分であるフラックス(ロジン)を除いた値まで減少し得るから、フラックス(ロジン)を除いた半田片の体積を求め、当該体積の球の直径よりノズル内壁の径が小さいか否かを計算することができる。そして、半田のフラックス(ロジン)含有量は、甲15(千住金属工業株式会社(以下「千住金属工業」という。)作成の「製品安全データシート」(平成16年))には半田にロジンを1~4wt%含有させることが記載され、甲10(日本工業標準調査会作成の「日本工業規格 やに入りはんだ」(平成18年))には日本工業規格として、やに入りはんだの規格としてフラックス含有量が1.0質量%、許容範囲が0.5質量%以上1.5質量%未満のものが記号F1と定められていることが記載されていることを考慮すれば、フラックス含有量が1wt%程度の半田を用い半田付けを行うことは当業者が容易になし得たことと認められる。
そこで、甲1発明の半田片として、記号F1として定められた規格であるフラックス含有量1.0質量%(wt%)の半田片を用いた場合について検討する。令和2年11月16日に提出された原告の回答書と同様の計算をすると、半田の比重は7.4、フラックスの比重は1.06であるから、100gの半田片における半田の体積は13.378cm3(99÷7.4)、フラックスの体積は0.943cm3(1÷1.06)で、半田片全体の体積は14.321cm3(13.378+0.943)となり、フラックス含有量1wt%の半田片におけるフラックスの体積の割合は6.58%(0.943÷14.321×100)、半田の体積の割合は93.42%(100-6.58)である。そうすると、甲1発明において半田片は径0.8mm、長さ1.2mmの円柱であるから、π×(0.8÷2) 2×1.2より求めた円柱の体積の93.42%と同じ体積の球の直径を4÷3×π×(直径÷2)3により求めると、前記半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は、約1.025mmである。ここで、甲1発明の半田片が溶融する半田鏝の先端部の貫通孔内壁の径は1.0mmであるから、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田鏝の先端部の貫通孔内壁の径より大きい。なお、記号F1として定められた規格の上限であるフラックス含有量1.5質量%の半田片を用いた場合においても、球となった半田の直径は、約1.014mmであり、半田鏝の先端部の貫通孔内壁の径より大きい。
よって、甲1発明に、規格でF1と定められた半田を使用することにより、半田片が当接位置で加熱溶融され溶融した場合に半田鏝の先端部の貫通孔の内壁とピンの先端に規制されるために真球になれない。
上記(ⅰ)ないし(ⅲ)によれば、甲1発明において、本件発明1の「溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し、溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止」する構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。

3.裁判所の判断
(1)本件審決は、甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いた場合、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田ごての先端部の貫通孔内壁の径より大きくなるから、溶融した半田は真球になれない旨判断したところ、原告も、甲1の実施例1に関しては、この判断を強く争うものではない。そこで、本件出願日当時の当業者が甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いることが容易になし得たことであるか否かにつき検討する。
(2) 甲1の記載等
甲1には、「本発明の第一の課題は、フラックスの飛散を防止するとともに、詰まりの生じにくい半田鏝を提供することにある。」などの記載(段落【0004】等)があり、甲1発明は、フラックスを含有する半田を用いることを前提としているものと認められるが、フラックスの含有量がどの程度の半田を用いるのかについては、甲1に記載又は示唆はない。
(3)千住金属工業発行の商品カタログには、フラックスの含有量を2ないし4wt%とする半田のみが掲載され、フラックスの含有量を2wt%未満とする半田は掲載されていないこと(なお、この商品カタログは、本件出願日の後である平成31年又は令和元年に発行されたものであるが、本件出願日が平成28年7月30日であることに加え、甲41及び45の上記各記載にも照らすと、千住金属工業は、本件出願日当時も、その商品カタログにフラックスの含有量を1wt%とする半田を掲載していなかったものと推認するのが相当である。)、ウェブサイトへの投稿記事においても、フラックスの含有量は2ないし4%とされていること、株式会社ニホンゲンマは、過去においてもフラックス含有量を1%とする半田を製造したことはなく、そのような半田を製造すると、フラックスが入っていない不具合が発生することが危惧される旨回答していること、本件出願日の後に作成された電子メールにおいてではあるが、千住金属工業の従業員も、フラックスの含有量を1%とする半田は提供できない旨回答していることに照らすと、フラックスの含有量を1wt%とする半田は、本件出願日当時、やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、フラックスの含有量を1wt%とする半田は日本工業規格に定められた記号F1の半田に該当する旨主張する。確かに、甲10によると、記号F1の半田(フラックスの含有量を1wt%とする半田を含む。)は、日本工業規格として定められているものであるが、そのことから直ちに、記号F1の半田が現実にやに入り半田の市場において普通に流通していたとまでいえるものではないから、甲10の記載から、フラックスの含有量を1wt%とする半田が本件出願日当時にやに入り半田の市場において普通に流通していたと認めることはできない。
また、被告は、甲15にフラックスの含有量を1wt%とする半田が記載されている旨主張する。しかしながら、甲15には、「ロジン」の含有量が「1~4」wt%であるとの記載があるところ、甲42の上記記載及び弁論の全趣旨によると、ロジンを含有するフラックスの成分は、ロジンのみではないことがうかがわれるから、上記「1~4」との記載は、当然にフラックスの含有量を示すものとはいい難い。
(4) 前記1(2)のとおり、本件発明1は、溶融前の半田片をノズルの内壁及び端子の先端に必ず当接させるとともに、溶融した半田片を必ず真球にならないまま端子の上に載った状態で下方に移動しないように停止させ、ノズルからの熱伝導等により半田片及び端子を十分に加熱し、これにより適正温度での半田付けを実現する結果、半田付け不良の防止という効果を奏するものである。これに対し、甲1には、ランドに接地した糸半田が貫通孔の周壁から輻射熱、伝導熱及び対流熱により加熱され、遜色なく溶解され、より的確な半田付けが可能になった旨の記載はみられるものの(段落【0023】及び【0042】)、溶融した半田が必ず真球にならないまま停止すること、すなわち、溶融後も半田がノズルの内壁に当接し続けることにより半田片及び端子が十分に加熱されることについての記載及び示唆はないから、甲1に接した当業者にとって、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成が解決しようとする課題及び当該構成が奏する作用効果を知らないまま、当該構成を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはないものといわざるを得ない。
(5)なお、証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によると、フラックスの含有量が小さい半田を用いると、半田付け不良の原因になるものと認められる。
(6) 以上によると、使用する半田に含有されるフラックスの量についての記載及び示唆がない甲1に接した当業者にとって、甲1発明においてフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用し、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めることはできず、その他、当業者が甲1発明に基づいて溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めるに足りる証拠はない。
なお、乙3(技術説明資料・17頁)には、甲1発明においてフラックスの含有量が2wt%以下の半田を用いても必ず真球にならないとの構成を得ることができる旨の記載があるが、半田が溶融した際に形成される球の直径を求めるに当たっては、フラックスの組成、半田の組成、半田の熱膨張、ノズルの熱膨張等の諸般の要素につき詳細な検討が必要であるから、乙3が引用する甲33(原告の特許庁審判長に対する回答書)の計算結果並びに残存するフラックスの影響及び半田の熱膨張の影響のみを考慮することによっては、甲1発明においてフラックスの含有量が2wt%以下の半田を用いた場合に必ず真球にならないとの構成を得るものと認めることはできない。

第3 考察
本判例では、本件発明の課題に、甲1発明から着目することはできないという理由で、進歩性を認めている。
この点、拒絶理由通知書の対応に際し、発明の課題に対して反論する点がないか否かを検討するのも一考かと思われる。

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