【知財情報】知財高裁令和4年(行ケ)第10118号のご紹介
第1 事案
「除くクレーム」の進歩性が否定された事例。
第2 概要
1.本件発明の請求項2
タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、
前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、
前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、
前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、
前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、制御装置。
上記下線部分が甲1発明(特開2013-106168号公報)との相違点として争われた点である。
2.裁判所の判断
裁判所は、本願発明の概要として以下のように認定している。
本願発明は、スピーカを有するがテレビではない制御対象機器の状態(スピーカの音質又は音量)を制御するモバイル機器等の制御装置(タッチパネルディスプレイを有するもの)に関するものである。制御装置のタッチパネルディスプレイ(制御対象機器の状態が表示されるもの)においてタッチ操作をし、これに基づく制御信号を送信して制御対象機器の状態を制御するとの技術にあっては、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態と制御対象機器の実際の状態とが一致している必要があるところ、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でないにもかかわらずタッチパネルディスプレイにおけるタッチ操作がされた場合、これにより制御対象機器の状態を更新することはできないから、このような場合にタッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態が通常どおりに更新されてしまうと、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態(更新がされたもの)と制御対象機器の実際の状態(更新がされないもの)との間に齟齬が生じてしまうという課題が生じる。本願発明は、このような課題を解決するため、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でない場合には、制御対象機器の状態に係るタッチパネルディスプレイ上の表示を更新できないとの構成を採用することとしたものである。 |
そして、裁判所は、甲1発明(特開2013-106168号公報)について、以下のように認定している。
甲1に記載された発明は、複数の音声出力装置(再生装置1等)の音量設定状態を制御することができる制御端末装置(リモートコントローラ3)において、複数の音声出力装置の音量を個別に容易かつ適切に制御すること、複数の音声出力装置の音量を各音声出力装置の間の音量バランスを崩さずに一括して容易かつ適切に制御すること及び複数の音声出力装置の音量を各音声出力装置の間の音量バランスを崩してでも一括して容易かつ適切に制御することを目的とする発明であると認められ、甲1に記載された発明について、これが制御端末装置と音声出力装置との間の無線通信ができない場合に生じる課題を解決するものであると認めることはできない。また、甲1には、「これにより、リモートコントローラ3における音量操作表示70は、常に実際の音量設定を表す表示状態とされる。」との記載(段落【0065】)があるが、同段落の他の箇所の記載をみると、同段落にいう「常に」との記載は、リモートコントローラ3における操作に基づいて再生装置1等の音量操作が行われる場合及び再生装置1等における操作に基づいて再生装置1等の音量操作が行われる場合のいずれであっても、リモートコントローラ3における音量操作表示70は再生装置1等における実際の音量設定を表す表示態様とされるとの趣旨であると解され、同段落の「これにより、リモートコントローラ3における音量操作表示70は、常に実際の音量設定を表す表示状態とされる。」との記載をもって、甲1に記載された発明において、リモートコントローラ3と再生装置1等との間の無線通信ができない場合を想定し、そのような場合も含めてリモートコントローラ3における音量操作表示70と再生装置1等における実際の音量設定が常に一致するようにしていると認めることはできない。その他、甲1の記載によっても、甲1に記載された発明において、リモートコントローラ3と再生装置1等との間の無線通信ができない場合を想定し、そのような場合も含めてリモートコントローラ3における音量操作表示70と再生装置1等における実際の音量設定が常に一致するようにしていると認めることはできない。もっとも、甲1の記載を総合しても、甲1に記載された発明において、リモートコントローラ3と再生装置1等との間の無線通信ができない場合を技術的にあり得ないものとしておよそ排除しているとまで認めることはできない(甲1に記載された発明は、そのような場合について、単に検討を加えていないだけのものであると解される。)。 |
裁判所は、上記のように、リモートコントローラ3と再生装置1等との間の無線通信ができない場合を想定し、そのような場合も含めてリモートコントローラ3における音量操作表示70と再生装置1等における実際の音量設定が常に一致するようにしていると認めることはできないと認定した上で、甲4発明(特開2007-158409号公報)により公知技術を以下のように認定している。
「デジタルカメラ3が、操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術」が記載されている。 甲4に記載された具体的な技術は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。しかしながら、甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。加えて、無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか(例えば、デジタルカメラであるか、リモートコントローラであるか、携帯通信端末であるかなど)及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか、給湯器であるか、ボイラーであるか、空調装置であるか、照明であるか、冷蔵庫であるかなど)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、乙1ないし3に記載された各技術に相当する技術がそれぞれの刊行物に記載された具体的な機器以外の機器の場合に成り立たないものである、当該各技術はそのような機器について適用できないものである、当該各技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできないことを併せ考慮すると、制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるかなどによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許されることになる。 以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。 |
以上のことから、裁判所は、甲1発明に甲4発明を適用できるとして、進歩性を否定した。
第3 考察
引用発明をどこまで上位概念化して考えればいいのか非常に難しい問題である。この判例は、その参考になると思われる。
(文責:正木)