【知財情報】大阪地裁令和2年(ワ)第7486号のご紹介

第1 事案

 特許第6633229号の特許発明が、共同発明か否かが争われた事案

第2 概要

1.本件発明の請求項1

 魚(10)の切断された尾部(12)より血液弓門(14)内に液体(20)を圧力を掛けて噴射することにより魚を生き締め(活〆)する魚体内の血液の瞬間除去装置(1)が、
 液体に圧力を掛けて送出する加圧装置(100)と、該加圧装置から送出される圧力の掛かった液体(20)を送るためのホース(200)と、該ホースに接続される前記液体の流路の開閉を行うバルブ(300)と、該バルブに接続されるバルブが開状態の時に前記液体を噴射するノズル(400)と、からなり、
 前記バルブ(300)は、ボタン(310)の押下げ乃至引上げによって流路(320)の開閉を行うとともに、前記ノズル(400)は、あらゆる大きさからなる魚の血液弓門の開口を密着封止しながらノズル先端部を挿入するとともに液体噴射中に魚が動くことによるノズル先端部の折れ、曲がり、破損を防止するため、太径の元部(410)から先端部(420)に向かって外形を先細のテーパ状に形成し、かつ、先端部中央の穴径を前記元部(410)の穴径より狭く形成した事を特徴とする高圧水の弓門内噴射による魚体内の血液の瞬間除去装置。

2.裁判所の判断

裁判所は、発明者について、以下のように定義している。

発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すというべきである。発明者となるためには、一人の者が全ての過程に関与することが必要なわけではなく、共同で関与することでも足りるというべきであるが、複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要する。発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解すべきである。

そして、裁判所は、上記の定義を踏まえ、以下のように判示している。
まず、裁判所は、本件発明の解決すべき課題、課題解決手段及び効果に照らし、以下を特徴的部分と判断している。

どのような大きさの魚であっても、瞬時にして簡潔確実に血抜きができる魚の生き締めの装置及びその方法を内容とするものであり、
 「特徴的部分①」
  魚の尾部の血液弓門から動脈又は静脈を含む血管内に圧力を掛けた高圧液体を噴射して魚の血抜きをすること
 「特徴的部分②」
 あらゆる大きさの魚に対応するための血液弓門の密着封止構造を実現すると共に、ノズル先端部の破損を抑制するため、ノズルの先端部分の形状をテーパ状にすること

を特徴とする魚の血抜き装置及びその方法であると認められる。

そして、特徴的部分①及び特徴的部分②について以下のように判示している。

 

特徴的部分①について
被告は、少なくとも平成29年8月10日頃までは、魚の神経抜き及び血抜きにあたってはあえて少し血を残す方が良く、魚の熟成等の観点は血の回りだけでなく神経絞めに意味があると考えており、このような考えに基づき、脳髄や神経を抜くことで血抜きをするという発想を持っていたことがうかがわれる。また、被告は、この頃、「明石浦漁港のやり方」すなわち背骨上側に沿う脊髄神経に針金を通し神経を破壊する方法に加えて水圧を使うことを提案していることに鑑みると、尾部を切断することやそれによって血液弓門を露出させ、血液弓門から水圧を掛けて血抜きをすることは、必ずしも想到していなかったものと推察される。他方、原告は、早く確実に作業することが可能なことや骨全体まで完全に血抜きをすることを重視し、神経抜きはすればよいがしなくてもよく、血を回さないための神経抜きであると考えていた。原告は、当時実施していた方法はエラに水圧を掛けて血抜きをするものであったが、この方法では鬱血を広げてしまうという欠点があるとしていたところ、足踏み式試作品を見て、水が噴出されるノズルの先端部分の形状をより細くすれば十分に加圧することが可能となり、「全て切った尾びれの付け根から処理でき」る、すなわち、尾部を切断して血液弓門を露出させ、そこに先端を細くしたノズルを刺して水圧を掛け、神経抜きと血抜きを行う方法を着想したことがうかがわれる。
 その後の原告と被告とのやり取りは、原告が着想した上記方法を念頭に、ノズルの形状や流量調節器具に関する具体的検討を進めたものと理解される。
 したがって、本件各発明の特徴的部分①は、被告が製作した足踏み式試作品に接したことを契機とするものの、長年の水産会社勤務、とりわけ魚の生き締めに関する実地での経験等を背景とした原告の着想及び具体化に基づくものといってよい。
 したがって、本件各発明の特徴的部分①の完成については、被告のみならず原告も創作的に寄与したものというべきである。

 

特徴的部分②について
本件発明の特徴的部分②に関する原告と被告とのやり取りは、以下のような経過をたどったものと理解される。
 すなわち、被告は、原告とのやり取りを開始した平成29年7月11日までには既にノズルの先端の形状がテーパ状である足踏み式試作品を試作していたが、同月12日には、ノズルの形状が針状のエアダスターにつき、十分に用途を果たすこと、エアガンでないと極細ノズルが付けられないこと、魚によっては極細ノズルは要らないかもしれないが、特に血管の方までやるなら極細ノズルは必要と考えることなどの意見を述べた。また、原告は、同年8月1日、被告に対し、足踏み式試作品について、先端部分をもっと細くすることができるかを尋ね、被告が簡単にできる旨を回答すると、それであれば神経まで潰せるし、逆から骨の血も抜ける、全て切った尾ヒレの付け根から処理できるとの考えを示した。さらに、同日、原告は、針状試作品について、これを用いれば簡単に後ろから処理できる、水圧で神経が出せるなら、スーパーでも使えるなどと感想を述べた。その後の同年9月の間のやり取りにおいても、原告と被告は、ノズルの形状については針状の極細ノズルとすることを念頭に検討を進めていたことがうかがわれる。
 もっとも、原告は、針状試作品では魚が暴れた際等にノズルが変形等してしまうなどの不具合があると結論付け、同年11月1日、被告に対し、ノズルの形状をテーパ状にすることを提案した。これに対し、被告は、当初、テーパ状とすると製造にあたって精密さが求められ、コストが掛かることなどを指摘し、消極的な態度を示したが、原告が製造業者からテーパ状のノズルの製作は比較的簡単である旨の回答を得たこともあって、ノズルの形状をテーパ状とすることも検討することとした。
 しかるに、原告は、その後、ノズルの形状をテーパ状とするだけでは十分ではなく、せめて先端の1㎝程度を針状にして魚の骨の中で固定することが必要であるとし、当該針状の部位からそのままテーパ状の部位につながるノズルの形状を提案した。これに対し、被告は、スプレー式に噴出するテーパ状のノズルであっても、圧力の逃げ場がないように神経弓門や血液弓門に刺すなどすることができるのではないか、との意見を述べたが、原告は、これに否定的な態度を示した。
 このような経緯を経て、本件各発明は、あらゆる大きさの魚に対応するための血液弓門の密着封止構造を実現すると共に、ノズル先端部の破損を抑制するため、ノズルの先端部分の形状をテーパ状にすること(特徴的部分②)をその特徴的部分の1つとするものとして完成するに至ったものといえる。このことに鑑みると、特徴的部分②につき、最終的には被告の考えに基づき発明として完成したものの、課題を解決するための着想及びその具体化の過程においては、被告のみならず原告も創作的に寄与したものというべきである。

 と判示し、裁判所は、特許第6633229号の特許発明は、共同発明であると認定した。

第3 考察

 共同発明者の判断基準としては、以下のように考えられている。
 発明は技術的思想の創作であるから、実質上の協力の有無は専らこの観点から判断しなければならない。思想の創作自体に関係しない者、たとえば、単なる管理者・補助者又は後援者等は共同発明者ではない。

 そして、共同発明者でないものの例として、以下のように考えられている。
例1)部下の研究者に対して一般的管理をした者、たとえば、具体的着想を示さず単に通常のテーマを与えた者又は発明の過程において単に一般的な助言・指導を与えた者(単なる管理者)
例2)研究者の指示に従い、単にデータをまとめた者又は実験を行った者(単なる補助者)
例3)発明者に資金を提供したり、設備利用の便宜を与えることにより、発明の完成を援助した者又は委託した者(単なる後援者・委託者)

・発明の成立過程において、着想の提供(課題の提供又は課題解決の方向づけ)を行った者、着想の具体化の 2 段階に分け、各段階について実質上の協力者の有無について次のように判断する。

例4)提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者である。ただし、着想者が着想を具体化することなく、そのままこれを公表した場合は、その後、別人がこれを具体化して発明を完成させたとしても、着想者は共同発明者となることはできない。両者間には、一体的・連続的な協力関係がないからである。したがって、この場合は、公知の着想を具体化して発明を完成させた者のみが発明者である。
例5)新着想を具体化した者は、その具体化が当業者にとって自明程度のことに属しない限り共同発明者である。

 以上のことから、今回の事案は、例5にあてはまるものと考えられる。
 共同発明者とは何かという事を改めて教えてくれる判決である。

(文責:正木)

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