【知財情報】知財高裁平成30年(ネ)第10077号のご紹介

第1 事案

動画配信サーバが海外に設置されていても、「実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたと評価し得る」場合、日本国の特許権の効力を及ぼしても、属地主義には反しないとして、特許権侵害の成立を認めた事案

第2 概要

1.本件発明(特許4734471の請求項9)

「動画を再生するとともに,前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを,
前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段,
コメントと,当該コメントが付与された時点における,動画の最初を 基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し,
前記再生される動画の動画再生時間に基づいて,前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち,前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し,
当該読み出されたコメントの一部を,前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち,前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段,
として機能させるプログラム」

2.原審(東京地方裁判所平成28年(ワ)第38565号)

原審では、被告の動画配信サービスは特許権を侵害しないとして、原告の請求を棄却しました。(そのため、動画配信サーバが海外に設置されている点については、検討されませんでした。)

3.裁判所の判断

(1)以下、まずは動画配信サーバが海外に設置されている(行為の一部が海外において行われている)場合の侵害の成否について、裁判所の判断を抜粋します。

”我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。”

上記のように、日本では「属地主義の原則」を採用しています。そのため、行為の一部が海外で実施されている場合も、日本特許法上の「発明の実施」としてよいのか(日本国の特許権の効力を、日本国外の領域での行為について及ぼしてよいのか)、ということが問題になります。

”・・・そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。
しかしながら、本件発明1-9及び10のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。”

裁判所は、上記のように、ネットワークを通じて送信される発明が日本国内で完結しなければならないとすれば、侵害逃れが容易になり、好ましくないから、「実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたと評価し得る」場合、日本国の特許権の効力を及ぼしても、属地主義には反しないと判断しました。

(2)つぎに、被告の行為が「実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたと評価し得る」か、の判断について、裁判所の判断を示します(わかりやすいように、箇条書きに修正しています。)

“したがって、問題となる提供行為については、
・当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、
・当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、
・当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、
・当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか
などの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。”

上記のような場合は、「実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたと評価し得る」ケースであるから、日本国の特許権の効力を及ぼしても、属地主義には反しない、としています。

つづいて、裁判所は、被告の行為について、以下のようにあてはめを行いました(わかりやすいように、箇条書きに修正しています。)

“・本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難
・本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われる
・本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたもの
・本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。”

上記のようなあてはめの結果、「本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。」として、日本国特許法2条3項1号にいう「提供」に該当すると判断されました。

第3 考察

(1)特許法において、物(プログラムを含む)の発明の「実施」は、「その物の生産、使用、譲渡等(プログラムの場合、電気通信回線を通じた提供を含む)」と定義されています。

本件発明である特許4734471の請求項9は、プログラムの発明です。そのため、「電気通信回線を通じた提供」を行っている場合、同請求項に係る発明の「実施」に該当します。特許発明の実施は、特許権者だけが専有するものであり、第三者が行うと特許権侵害となります。

(2)一方、「属地主義の原則」があり、特許権は、国内(あるいは所定の領域内)でのみ効力を有します。(ちなみにこの原則は、工業所有権の保護に関するパリ条約に規定する原則であり、2023年5月時点で179カ国において採用されています。)

このため、プログラムの「電気通信回線を通じた提供」は、原則、特許権侵害であるはずだが、海外にサーバを設置していることにより、プログラムの「電気通信回線を通じた提供」の少なくとも一部が国外での行為である場合、日本の特許権の効力を及ぼすことが「属地主義の原則」に反しないかが問題となります。

(3)本判決においては、これに対し「実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。」と判断しました。

(4)これまで、サーバが海外に設置されている場合に、日本の特許権の侵害が成立するかについては、はっきりとしていませんでした。しかし本判決において、「実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたと評価し得る」場合には、サーバが海外に設置されていても侵害が問えるとの判断となりました。これに鑑み、今後の実務では、サーバを利用する発明において、プログラムのカテゴリの請求項は作っておいたほうが良いと考えます。ただし、裁判は種々の要素を勘案した上で、侵害成否を決めるため、常に今回の判断のようになる、とは限りません。そのため、従来どおり、複数のカテゴリの請求項を作る、サーバを構成要件にしない請求項を作る等の手当ては必要と考えます。

なお、本件に似た海外の事件として、アメリカの「BlackBerry事件」があります。この訴訟では、システムの一部はカナダに存在していたものの、すべての装置はアメリカ国内にて制御が可能であること、システム使用による利益をアメリカ国内にて享受できること、を理由に、侵害が認められています。

“…The use of a claimed system under section 271(a) is the place at which the system as a whole is put into service, i.e., the place where control of the system is exercised and beneficial use of the system obtained. See Decca, 544 F.2d at 1083. Based on this interpretation of section 271(a), it was proper for the jury to have found that use of NTP’s asserted system claims occurred within the United States. RIM’s customers located within the United States controlled the transmission of the originated information and also benefited from such an exchange of information. Thus, the location of the Relay in Canada did not, as a matter of law, preclude infringement of the asserted system claims in this case.” (NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd. 418 F.3d 1282 (Fed.Cir.2005))

(文責:三上)

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