【知財情報】知財高裁令和4年(行ケ)第10007号のご紹介

第1 事案

主引用発明の認定に関する事案

第2 概要

1.本件発明の請求項1

冷媒を昇圧する冷媒昇圧機と、
前記冷媒と室外空気とを熱交換させる室外空気熱交換器と、
前記冷媒と熱搬送媒体とを熱交換させる媒体熱交換器と、
前記室外空気熱交換器を前記冷媒の放熱器として機能させ、かつ、前記媒体熱交換器を前記冷媒の蒸発器として機能させる冷媒放熱状態と、前記室外空気熱交換器を前記冷媒の蒸発器として機能させ、かつ、前記媒体熱交換器を前記冷媒の放熱器として機能させる冷媒蒸発状態と、を切り換える冷媒流路切換機と、
を有しており、前記冷媒としてHFC-32からなる流体が封入された冷媒回路と、
前記熱搬送媒体を昇圧する媒体昇圧機と、
前記媒体熱交換器と、
前記媒体熱交換器を前記熱搬送媒体の放熱器として機能させる第1媒体放熱状態と、前記媒体熱交換器を前記熱搬送媒体の蒸発器として機能させる第1媒体蒸発状態と、を切り換える第1媒体流路切換機と、
前記熱搬送媒体と室内空気とを熱交換させる複数の室内空気熱交換器と、
を有しており、前記熱搬送媒体として二酸化炭素が封入された媒体回路と、
を備えた、熱搬送システム。

2.裁判所の判断
主引用発明の認定について

裁判所は、引用発明の手法について以下のように定義している。

引用発明の技術内容は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定・確定されなければならず、引用文献に記載された技術内容を、本願発明との対比に必要がないにもかかわらず抽象化したり、一般化したり、上位概念化したりすることは、恣意的な判断を容れるおそれが生じるため、原則として許されない。他方、引用発明の認定は、これを本願発明と対比させて、本願発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、本願発明との対比に必要な技術的構成について過不足なく行われなければならず、換言すれば、引用発明の認定は、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように行うことで足りる。

そして、裁判所は、上記の定義を踏まえ、以下のように判示している。

原告らは、本件審決は、引用発明が、圧縮運転と非圧縮運転とを切替可能に構成した、インバータ駆動される2シリンダ形回転式圧縮機を必須の構成要素とする発明であることを捨象し、抽象化、上位概念化して、圧縮機全般を前提としているかのように引用発明を認定した点で、引用発明の認定に誤りがあると主張する(前記第3の1⑵イ(ア))。
確かに、引用発明を、抽象化、上位概念化して認定することにより、引用発明に記載されていない技術的思想を認定することは許されない。しかし、引用発明は、常に刊行物に書かれたとおりの具体的な構成として認定しなければならないとする理由はなく、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように、本願発明に示された技術的思想と対比する上で必要な限度で、刊行物の記載に基づいて、そこに示された技術的思想を表す構成を認定することは許されるというべきである。これを本件についてみると、本願発明における「媒体昇圧機」は、具体的な構造や駆動手段等を特定することなく、熱搬送媒体を昇圧することのできる装置という技術的思想を示すものであると認められ、技術的観点からしても、その技術的思想の内容及び範囲を把握することは可能である。そして、引用文献1に、圧縮運転と非圧縮運転とを切替可能に構成した、インバータ駆動される2シリンダ形回転式圧縮機を備える発明が記載されているとしても、そこには、上記のような技術的思想を表す構成が示されていると認められるから、同じ技術的思想を示すものとして、引用発明の2次側冷凍サイクル20の圧縮機を単に「圧縮機200」と認定することは、引用文献1の記 載に基づいて、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように引用発明の認定を行ったということができる。

また、裁判所は、課題、作用・機能の共通性の有無について以下のように判示している。

原告らは、本願発明は、多数の作用効果を有機的に組み合わせた統合システムの発明であるのに対し、引用発明は、圧縮機の吸込容積を可変とするものにすぎず、その具体的な課題や作用・機能は全く異なっており、この観点からも、引用発明に他の技術を組み合わせて本願発明を想到するための動機付けはないと主張するので(前記第3の3〔原告らの主張〕⑵ウ)、この点について検討する。
原告らの上記主張の趣旨は必ずしも明確ではないが、容易想到性の判断に当たり、請求項に係る発明と主引用発明との間に具体的な課題や作用・効果の共通性を要するという主張であるとすれば、主引用例の選択の場面では、そもそも請求項に係る発明と主引用発明との間で、解決すべき課題が大きく異なるものでない限り、具体的な課題が共通している必要はないというべきである。
これを本件についてみるに、本願発明の課題は、「冷媒が循環する冷媒回路と水(熱搬送媒体)が循環する水回路(媒体回路)とを有しており、熱搬送媒体と室内空気とを熱交換させて室内の空調を行うチラーシステム(熱搬送システム)において、媒体循環を構成する配管を小径化するとともに、環境負荷の低減及び安全性の向上を図ること」(段落【0005】)であって、格別新規でもなく、いわば自明の課題というべきものであり、二酸化炭素を熱搬送媒体として採用した引用発明においては解決されているといえるものである。
また、原告らは、本願発明が奏する効果についても主張するので、この点について検討すると、本願発明の、冷房と暖房が可能であるという効果(段落【0007】及び【0061】)、及び複数の室内の冷房及び暖房をまとめて切換可能であるという効果(段落【0062】)は、本願発明が、冷媒流路切換機及び第1媒体流路切換機を備えることによる効果であるところ、引用発明においても、第1四方弁150と第2四方弁250を備えるから、冷房と暖房が可能であるし、複数の室内空気熱交換器(相違点2に係る本願発明の構成)を備える場合には、第2四方弁250と連結された室内熱交換機の数が増えるのみであると考えられるから、複数の室内の冷房及び暖房をまとめて切換可能であるという効果も当然に奏されることになる。そして、1次側にR32冷媒(相違点1に係る本願発明の構成)を採用した場合でも、そのような効果を奏することに変わりはない。配管小径化、省スペース化・配管施工及びメンテナンス省力化、媒体使用量削減を図ることができるという本願発明の効果(段落【0008】、【0063】)は、本願発明が熱搬送媒体として二酸化炭素を採用したことによって奏するものであり、これは、引用発明も、熱搬送媒体として二酸化炭素を採用するから、同様の効果を奏するものである。着火事故を防止できるという本願発明の効果(段落【0009】及び【0064】)は、室内側に配置される媒体回路に二酸化炭素を用いていることによるものであるが、これは、引用発明も、熱搬送媒体として二酸化炭素を採用するから、同様の効果を奏するものである(甲11の段落【0062】)。また、本願明細書等には、HFC-32(R32)を冷媒として採用する冷媒回路を構成する配管を室内側まで設置する必要がないとの記載もある(段落【0009】及び【0064】)が、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載及びその記載により認定される本願発明では、冷媒回路が室内側に設置されていないことは特定されていないので、上記の効果は、本願発明の特許請求の範囲の請求項1の記載に基づくものとは認められない。さらに、技術常識D及びFに照らせば、引用発明のプロパンは強燃性であるのに対し、本願発明のR32は微燃性であることから、着火事故を防止できるという効果は、引用発明に比べると本願発明が優れていると解されるが、引用発明において相違点1に係る本願発明の構成を採用することにより、自ずと奏するようになる効果である。環境負荷を低減するという本願発明の効果(段落【0010】及び【0065】)は、R32と二酸化炭素を採用したことによるものであるところ、引用発明において相違点1に係る本願発明の構成を採用することにより自ずと奏されるものである。そうすると、原告らが本願発明の効果として主張するものは、引用発明も奏するものであるか、又は相違点1に係る本願発明の構成を採用することにより自ずと奏するものであり、引用発明に他の技術を組み合わせて本願発明を想到するための動機付けを否定するに足りるような顕著なものではない。

第3 考察

本判例では、『「媒体昇圧機」が、その具体的な構造や駆動手段等は特定されていないから、熱搬送媒体を昇圧することができる様々な構成を包含するものである』ことを前提として、上記の判断がなされたようである。
上記の点を踏まえると、実務上、請求項に係る発明と主引用発明との間で、解決すべき課題が大きく異なるものでない場合、限定しても問題ない事案であれば、構造を具体化するなどして、引例との差異を主張するのが良いものと思われる。

(文責:正木)

藤川特許事務所

大阪事務所

大阪市中央区今橋2-5-8 トレードピア淀屋橋8階 電話:06-6203-5171

尼崎事務所

尼崎市長洲西通1丁目1番22号 藤川ビル2階、3階 電話:06ー6481ー1297

詳しい事務所案内はこちら

メールでのお問い合わせはこちら