【知財情報】知財高裁令和3年(行ケ)第10072号のご紹介

第1 事案
「・・・を特徴とする」が不明瞭とした明確性の判断が否定された事案

第2 概要
1.特許請求の範囲(請求項1)
【請求項1】
入力端子と出力端子と共通端子を有する3端子増幅素子と,
前記3端子増幅素子の前記共通端子に接続されて前記3端子増幅素子に略一定の電流を流す定電流回路とを備え,
前記3端子増幅素子の前記出力端子は接地され,
前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点と接地の間で増幅出力が取り出され,
前記接続点と前記増幅出力の端の間に,直流を遮断するコンデンサが設けられ,
前記定電流回路により,前記増幅出力の端に流す出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さない出力部を構成したことを特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路。

2.特許庁の判断
本願の請求項1の記載においては,「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」を修飾しているのか「出力回路」を修飾しているのか不明瞭であるため,本願明細書の記載から修飾関係を一意特定できないかを検討する。
本願明細書の段落[0012][0017]及び[0020]の記載を踏まえても,本願明細書の図1~図3が「出力回路」の全体を示しているのか一部を示しているのかは,直ちに明らかとはいえない。
本願明細書の段落[0015]の記載によると,トランジスタQのエミッタEに定電流回路CSが接続された回路が「出力部」を構成していると理解できるが,当該「出力部」と本願発明の「出力回路」との異同はその記載から明らかとはいえず,本願発明の「出力回路」がトランジスタQ及び定電流回路CSを含むのか否かについても明らかではない。このことは,本願明細書の段落[0018]の記載についても同様である。
本願明細書の段落[0021]の記載に関し,「コンプリメンタリ出力回路」と本願発明の「出力回路」との異同は不明である。また,同[0023]の記載に関し,「コンプリメンタリ出力回路」が「出力部」を構成することは理解できるものの,「コンプリメンタリ出力回路」及び「出力部」と,本願発明の「出力回路」との異同は不明である。
本願明細書のその他の記載を参照しても,本願発明の「出力回路」が図1~図3のどの範囲を意味しているのかは,明らかではない。
以上によると,本願の請求項1の「・・・を特徴とする」という記載(「3端子増幅素子」「定電流回路」及び「コンデンサ」による構成を特定する記載)が「オーディオ用増幅器」を修飾しており,本願発明は前記構成の一部分ないしそれとは別体の「出力回路」を特定しているのか,「・・・を特徴とする」という記載が「出力回路」を修飾しており,「出力回路」自体が「3端子増幅素子」「定電流回路」及び「コンデンサ」の全てを備えているのかが,明らかとはいえない。
本願発明の技術的範囲は,第三者に不測の不利益を及ぼす程度にまで,不明確であり,本願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。

3.裁判所の判断
特許出願における特許請求の範囲の記載については,「特許を受けようとする発明が明確であること」という要件に適合することが求められるが(特許法36条6項2号),これは,特許制度が,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであることを踏まえたものである(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。
同要件については,同目的の見地を踏まえ,請求項の記載のほか,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を考慮して判断されることになる。
これを本願発明についてみると,前記第2の2の本願の請求項1の記載及び本願明細書の図1の内容に加え,本願明細書中,本願発明の特徴について説明する段落において,「増幅器の出力回路」(又は「アナログ増幅器の出力回路」)という表現がひとまとまりの語として用いられていること(本願明細書の段落[0001][0002],[0007]~[0009][0012],。同[0017][0020]も参照。なお,本願明細書中に,本願発明の内容に関して,「出力回路」の語が単体で用いられている個所はない。)
本願発明の概要からすると,本願発明の技術的特徴の最たる部分は,出力電流に相関した消費電流の変化がないという点にあり,その旨が本願の請求項1にも明記されているところ,本願明細書の段落[0009]の記載からすると,本願発明が上記の技術的特徴を回路の構成によって実現するものであることは明らかであることのほか,実施例についても,「信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部」という記載がある(本願明細書の段落[0015]。同[0018][0023]も参照)一方で,前段の増幅部については図示されていない旨の記載があること(同[0016]。同[0019]も参照)を踏まえると,本願の請求項1中,「・・・を特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路」という記載において,「・・・を特徴とする」という部分は,「オーディオ用増幅器の出力回路」、すなわち,「オーディオ用増幅器」 におけるものであるという特定の付加された「出力回路」を修飾するものであることが,明確であるというべきである。
そうすると,本願の請求項1の記載は,第三者が特許に係る発明の内容を把握することを困難にするものとはいえず,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものであるとは認められず,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしている。

第3 考察
実務上、「特徴とする」との記載は、特に気にすることなく記載してしまう文言かと思われるが、本事案のように、格助詞(「の」)を使用して発明の名称を記載する場合は、注意が必要である。

第4 補足
なお、判決文を読むと、特許庁が上記のような判断をした経緯として、『審判合議体が,本願の請求項1の「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」と「出力回路」のいずれを修飾しているのか不明確である旨を通知したのに対し,原告は,特許請求の範囲の補正をしなかった。「・・・を特徴とする」が「出力回路」を修飾するという旨を明らかにしたいならば,原告においては,例えば,本願の請求項1の冒頭に,「オーディオ用増幅器の出力回路であって,該オーディオ用増幅器の出力回路は,」という文言を加入するのみの簡単な補正をすることにより,権利範囲を変えることなく,前記の不明確性を解消することができたにもかかわらず,そのような補正をせず,本願の請求項1を多義的に解釈する余地を残したものと認識される。そうすると,原告においては,権利取得のためには「・・・を特徴とする」が「出力回路」を修飾するという旨を主張しつつも,権利行使の際にはこれとは異なる解釈を採用することが考えられる。そして,第三者が権利取得後の本願の請求項1の記載を読んだときにも,その解釈を誤る可能性があり,第三者に不測の不利益を及ぼすことになる。』という事も影響したようである。

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